MFUマイスター≪技術遺産≫認証受賞者② 小川登

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私たち日本人が、後世に伝え遺していかなければならない「メイド・イン・ジャパン」の技術力。
歴史と伝統からくるノウハウに裏打ちされた“ 技”“ 美”“ 心” を持つ受賞者を紹介します。

小川 登
カッティングデザイナー(裁断士)
株式会社 三越伊勢丹 三越日本橋本店 スペシャリティスタッフ

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三越110年の歴史を、次へとつなぐ。

家は祖父の代から続く、洋服店だった。ミシンを踏むのが好きだったし、年上の職人たちに囲まれて育った少年の進む道は、初めから決まっていたようなものだった。が、父は昔ながらの職人で、サイズごとに基本の型紙ですべての客に間に合わせていた。よく合っているときもあ
れば、そうでないときもある。子は、貪欲だった。
高校を卒業し、すぐに東京洋服学院で2年間、紳士服の歴史からデザイン、経営までを学ぶ。そして71年、裁断士として三越日本橋本店に入社する。
朝早く出て先輩の鉛筆を削り、糊べらを洗い、糊を水で溶いて薄めておく。一人の先輩に一人の助手がつく。まだ徒弟制度の名残りがあった。
幸運だったのは、当時はまだ既製品が少なく、オーダー品全盛の時代だったことだ。師匠はあまりに忙しく、後輩をかまっていられない。おのずと自立は早まった。そのうち顧客の奥様方から、メンズ仕立てのものを着たいという要望が出てきた。紳士服のほうが造りがしっかりしているからである。そのうち「小川にやらせてみれば」の声がおこった。が、婦人服のことはよくわからない。
これではいけないと、こんどは仕事を続けながら夜間に学べる東京洋服学校の裁断科に半年間通い、さらに上野洋裁学院の夜間に2年近く通って、婦人服と子供服とを学んだ。
小川さんに転機が訪れたのは、77年から始まったオスカー・デ・ラ・レンタとの企画生産だった。アメリカでデザイナー本人と直接何度もやり取りをした経験は、もはやカッターの領域を大きく踏み越えていた。その後もフランスやイタリアなど、海外渡航が続く。
三越テーラーの道筋をつけた小川さんの集大成は、三越プレミアムオーダーを立ち上げたことだろう。従来の仮縫いは、ともすれば完成するまでよくわからないものだった。が、この人が構築した仮縫いには、裏地もボタンも付いている。スラックスにはファスナーまである。すでに出来上がっているものを着ているに近い。なにより大事な、着心地がわかる。
いまは、教えることに忙しい。この国が洋服の技術と理想を失わぬために、全国の三越伊勢丹はもとより、昨年から文化服装学院と産学一体で年8回の実技中心の指導を行っている。
針を持つ。ミシンに向かう。いまだにそれが一番落ち着く時だと笑う。背中に、三越伊勢丹の、次の100年のレールが見える。

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株式会社三越伊勢丹 三越日本橋本店
〒103-8001
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