「技術」「産術」「人術」があれば、工場はうまくいく
アルデックス株式会社 縫製工場運営スペシャリスト 匠塾 塾長
川上 和男氏
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別の道を歩んでいたそれぞれの人生が、ときに、思いがけず交差する。一人は、川上和男氏である。茨城県旧那珂湊市、現在のひたちなか市に生まれた。川上さんは請われて、親戚が営む三陽商会のコートを製造する縫製工場に入社した。
入社翌年の1969年には、のちに三陽商会で初の技術系役員となる麻生氏らとともに、英国バーバリー社と技術提携を行うべく渡英。現地研修を経て、三陽商会、三井物産、コート縫製工場の3社が合弁で、バーバリーとライセンス契約を結んだ。こうして「サンヨーソーイング」が誕生し、翌1970年にライセンスバーバリーが始まる。その後バーバリーコートは爆発的に売れていく。仕事に追われ、新工場が必須となった。新天地は青森の七戸だった。
かねてから縫製工場を営む叔父は、品質を高める「技術」、生産性を高める「産術」、人を束ねる「人術」の、いわば三術の大切さを説いた。なかでも川上さんが人術に秀でていることを見抜いていた。叔父は青森工場の経営の一切を甥に委ねた。ある時には、サンヨーソーイングの米国子会社の立て直しに、工場スタッフとともに渡米し、半年ほどで工場を再建したこともある。
異なる人生が交錯するもう一人は、高品質の紳士服で知られるアルデックスの山口達三社長だ。根っこには、父が毛織物工場を経営していたことがある。事業は他にもあるが、父が掲げた炎だけは絶やすことなく燃やしつづけていきたい。その想いがずっとあった。が、日本のモノづくりはどんどん細っていた。
そんなとき、法政大学大学院政策創造研究科の坂本教授の本「ちっちゃいけど世界一誇りにしたい会社」と出会う。規模は追わない。むしろ、小さくて、技術力を高め、効率をよくするという経営方針に確信を持った。折りも折り、以前に技術指導をお願いしていた元三陽商会の麻生氏から、紹介したい人がいると、手紙が届いた。その人とは、バーバリーの仕事で麻生氏が高く評価していた、川上さんのことだった。
大切な人の紹介だったから、川上さんは承諾し、豊橋に来てくれた。来てすぐに工場の問題点を見つけ出した。「三術」を知る川上さんは、すぐに改善策を見出し、実行に移した。やがて残業は無くなり、ボーナスを出せるようにもなった。川上さんは社長の願いだけでなく、社員の願いも形にしていった。
また、一人ですべてを縫いあげる高度な技能の継承をめざして山口社長が設立した「匠塾」でも、自ら塾長として、塾生たちの人間としての成長も促している。
繊維業界の将来を担う若い人材を育成するには、実務を教える現場が存在しつづけなければならない。若い才能が次代を支える会社が、いま出来つつある。

