MFUマイスター≪技術遺産≫認証受賞者③ 石渡 孝

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私たち日本人が、後世に伝え遺していかなければならない「メイド・イン・ジャパン」の技術力。
歴史と伝統からくるノウハウに裏打ちされた“ 技”“ 美”“ 心” を持つ受賞者を紹介します。

石渡  孝
手縫い靴スペシャリスト 大塚製靴株式会社 横浜工場技術課主任

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どこまで行こうとも、いまだ“日々勉強”

小さいころから、モノをつくるのが好きだった。なかでもクルマバイクが好きだったから、漠然とではあるが、いずれそんな仕事に就ければいいなと思い描いていた。
そんななか、生まれ育った横浜に、働きながら定時制の工業高校に通える格好の会社があった。靴をつくることに何の知識もなかったが、いきなり技術課の手縫係に配属された。当初の仕事は、お客様からお預かりした靴の修理である。
4年間、職場と学校の二足の草鞋を履きながら、踏んばった。まもなく、あいまいな気持ちでは通じないことに気がついた。いや、靴づくりがおもしろくなっている自分がいた。
親方ともいうべき二人の先輩がいた。なかでも直属の師でもあった一之瀬弘之さんは紳士靴の名人であり、その手元を盗み見しながら、針の出し方や糸と糸の間隔などを貪欲に吸収していった。先輩たちはみんな父親ほどの年齢の人たちだった。働きやすかった。
ふつうお客様にお渡しできるようになるには、10年はかかる。しかし石渡さんは5年ほどでクリアした。会社の配慮だったのだろうと、いまは理解している。
大塚製靴は、明治5年(1852年)創業の会社である。皇室からも明治天皇以来の御用をいただいているほどだから、この国の靴の歴史そのものと言っていいだろう。そして同社がいまも、手縫い靴を頑なに守り続けているのは、最高の領域で磨かれた技術は必ずや量産の靴づくりにも生かされる、との考えが厳然と存在しているからだ。
石渡さんは履き心地に最も影響する底付けを担当している。たとえば中底は、3㎜ほどの革に1・5㎜くらいのタテ溝を入れて、内をえぐる。あとには掬い縫いと出し縫いの、複式縫胃の工程が待っている。手間のかかる、そして微妙な呼吸が要求される仕事だ。
これだけ経験を重ねてきても、粗くなったり細かくなったりする。最初にイメージした最終形を完璧なまでに再現するには、まだまだ学ぶべきことが多い、と氏は言う。
近ごろは昔と異なり、最初からそれをめざして入社してくる人が多い。幸いにも石渡さんと席を連ねる後輩の渡邊武志さんは、「教えてもらうことが半分、気づかせてもらうことが半分」よく意見を聴いてくれる人だとうれしそうに語る。現代の名人は、その履き心地同様に、やさしい人であった。

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大塚製靴株式会社 横浜工場
〒223-8577
神奈川県横浜市港北区日吉本町4-8-1
TEL.045-561-2701